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5冊だけの本屋/女性のための選書サービス

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ついつい忙しくて、疲れて、どうにもならない時は、やたらと飲み物から栄養を摂取しようとする癖があって、思い立ってコンビニに買い出しに行く。それで買ってきたのが、アリナミン、リポD、ミカンゼリー、ポカリスエット、アイスコーヒー、アイスカフェラテ。それをキッチンに全部並べて、ポカリを飲んでいるところに、夫がやってきて笑い転げた。「きみ、気づいている?栄養ドリンク、カフェイン、風邪のときに必ずきみが摂取するもの。大きく分けて3つのものをそれぞれまんべんなく買ってきたんだね」と。気づかなかった。欲していたものを買ってきたら、こうなっていた。


夜、マックでグラコロを食べる。珍しくコーラなんて頼んだら、パッケージにサンタのイラストがあった(さすがコカコーラ!)。まったくクリスマス感を感じられていなかったため、気分が上がった。毎年グラコロを楽しみにしているのに、今年のはイマイチで残念。私はタルタルソース?のような卵とちょっと酸味の利いたソースが苦手で、それ入っていたような気がした。

夫は、ハンバーガーのセットを食べたのに、ソフトクリームを買った。帰りに歩きながらソフトクリームを食べている夫。外は10度を下回る極寒である。ダウンを着ているのに、ソフトクリーム。末端冷え性なのに、なぜこんなことするのだろうかといつもあきれながら見ている。夫はめったにソフトクリームなんて食べないのに、こういうことってたまにある。新婚旅行でイタリアに行ったときも、-10度とかで大雪なのに歩きながらジェラート食べていたし、金沢に旅行に行った時も、目の前が見えないほどの吹雪なのに茶屋街をソフトクリームを食べながら歩いていた。本当に謎。


そして、ニトリで愛犬用のぬくぬくなベッドを買って、業務スーパーに行った。私はこのスーパーがどうも好きになれないのだが、試しに寄ってみたら、夫がウキウキしながら、大量の餅ときな粉、それにあずきと黒豆をかごに入れて歩いている。この人は、まだクリスマスも来ていないのに、お正月を先取りしているようで楽しそうだなと、見守っていた。


『猫のお告げは樹の下で』読了。青山美智子、好きな作家の一人。若干のファンタジーのようなスピリチュアルのような、そういう雰囲気のある物語が多い。でも、なんとなく読み終わった後にホッとする。

「神様が入るスペースを作るんです」「散歩しているときや拓海を寝かしつけてるときなんかに、ぽかーんとしてるとふっとアイディアが舞い降りてくる というか」 「新しく良いものを入れるには、出すのが先です。 入ってくるすきまをつくらないと」

と、いうところがある。私もこういうことを大切にできてるなぁと思った。何かを得るには、何かを手放さなければならない。手放すものが、大きければ大きいほど、新しく良いものが入ってくることを知っている。だから、この本も好きなのかもしれい。

夫と愛犬が芋好きのため、私はこの冬かなり焼き芋を作っている。スーパーで小ぶりの鳴門金時を買ってきて、アルミホイルで一本一本巻いて、魚焼きグリルに入れて焼く。これがとんでもなく美味しい。30分ほどかけて焼く。20分もすると家中においしい焼き芋のにおいが漂う。幸せ。夫は、待ちきれなくて焼き芋に合わせて淹れたコーヒーを作り、テーブルで座って待っている。そして、キッチンのまわりを、くるくるとジャンプしながらテンションの上がっている愛犬。二人は芋に目がない。そういう私は、芋が好きではない。そんな芋嫌いな私でも、やっぱり自分で作った焼き芋は美味しくて、ついつい食べてしまう。


たった一つでも自信の持てるものを持っておくことは大切である。つくづくそう思う。もしも、他人から攻撃されて非難されたり、孤独や恐怖でどうにもならない時、「私にはこれがあるもん!」と、開き直れるほどの自分の好きなモノ、コト。それがあるだけで、自分を守ることができると信じている。私たち夫婦には子どもがいない。結婚するときに二人で子どもは持たないと決めた。それでももうそろそろ40歳がやってくると思うと、子どもを生もうとしなかったことを後悔しないだろうかと思うときがある。未来の私は、本当に今の私を恨んだりしないだろうか。でも、きっと私は後悔しないだろう。きっと後悔するとしたら、その時に私が自信の持てる何かを持っていない場合だろう。きっとその時は、子どもをもっている周りの友達を恨めしく思っていると思う。もしも、万が一、私がこれから子どもが欲しいと思って、出産することになったとしても、子どもがその「何か」にならないようにしたい。子どもは子どもの人生がある。


『食べて、祈って、恋をして』を読み終えた。スタバで一気読みした。500ページくらいの分厚い本を一気読みすると、頭がもうろうとしてくる。私はこの映画が好き。そして、原作も好き。映画もほぼ原作通りだったんだ。

これは、離婚してすべてを失った三十四歳の著者が世界のあちこちを旅して人生を立て直すまでの一年間を綴っている。離婚し、イタリアに旅立ち、すばらしいイタリア料理を食べ、念願のたくさんの美しいイタリア語を学ぶ。私はイタリアに一回だけ行ったことがある。一回だけだけれど、イタリアは好きだ。気質が合っているような気がしている。そして、もう一つこの本の中で好きなところは、秘密のノートと対話しながら、自分自身を見つめなおし、自分の願っていることを許可していく著者の姿にパワーもらえるところ。ちょっと引き寄せ的な要素かな。何かあると、ノートに何でも書きつけて、考える癖のある私にはこういったノートが出てくる本はたまらないのだ。そして、あぁ、こりゃ私の引き寄せは叶わぬと思い知らされた。もっと、もっと本気で願わないとね。そうしないと宇宙は協力してくださらないわよね。

そして、「子どもを持たなかったことを思い悩まない」と言うところを、何度も何度も読んだ。そして、私は母親になりたくないことを再確認した。なりたくなければ、なる必要はないのだ。結婚した時に夫には伝えて了承済みだし、両親にも早々に伝えてある。そして、今でも誰からも求められていない。

何よりも、この本は自由なところがいい。著者は、心から自由を求めている。それがいい。好きだ。自分のやりたくないことはやらない。それを徹底している。自分が我慢しなければいけないことを徹底的に排除している。それがよい。

「どんな人生だろうが、生きられるのは一回きり、誰のものでもない、この私の人生なのだから」

私が普段から大切にしている言葉が出てきて、嬉しかった。そうだ、外野が何と言おうがその人たちは何の責任も取ってはくれない。責任も取らない人たちの言うことを真に受けて、人生の舵を切るのはなんと恐ろしいことだと思う。これからも私だけの人生を、私らしく送ろうと固く決意した。


朝、トースト、ヨーグルト、ミルクテー。夫はいつも愛犬に甘いので、ヨーグルトをせがまれると自分が食べるより先にあげてしまう。そのためか夫のことを愛犬が見下すようになり、夫の優しさが仇となっている。散歩も夫と行くと全く歩かない。私も夫のことをたてようと試みる。でも、きっと愛犬のなかのボスは私一人。


非常に怖い夢を見て、朝起きるのが怖かったので夫を5時にたたき起こした。「怖い夢を見た!みんなに裏切られる夢、はめられた夢を見た!」と伝える。すると、「夢なんだから、夢でよかったねってやった?」と言う。「やったよ、もう30分も自分に言い聞かせている」と伝える。これは夫が私にやった方がいいとよく言う、怖い夢を見たときの対処法。私は夢にひっぱられすぎるので、「ゆめでよかったね」と自分に言い聞かせ、夢を自分自身で客観視する方法。怖いから、部屋までついてきてと頼む。けれど眠気に勝てない夫はもう寝なさいという。それで寝てしまった。起きたら3時間寝坊していた。


それから寝坊を巻き返すように仕事をし、夜に仕事を終えたのは夫と同じタイミングだったので夫に料理を手伝ってもらう。夫は切る専門、私は調理専門と分業で取り掛かる。大葉をこまかく切ってもらおうと夫に頼んだら、太くて笑ってしまった。笑われた夫は、「なぜ笑うのか」というので、「思ったより太かったから、でも私は太いのもたまにはいいなと思うよ」と伝えた。すると、夫は「俺はやっぱり細い方が好きだからもっと細かく切ろう」と言って細かくしていた。よって二種類の大葉。フリルレタスも、私はいつも一口サイズにカットしてしまうが、夫は細かくしたつもりが意外と大きかったらしく、きみのサラダはもっと小さくて食べやすいのになと言っていた。私はフリルレタスは大振りでワシャワシャむしゃむしゃたべるのも意外といいなと思ったので、これはこれで好きだと伝える。私たちはお互いを尊重できているなとこういうところで思うのだ。ということで、夜はフリルレタスとアーリーレッドのサラダ、水菜の肉巻き、大葉とチーズの肉巻き、豆腐とわかめの味噌汁。夫は大葉とチーズの肉巻きが大好きなことを発見した。だから、「チーズを肉で巻いたヤツ好きだよね?」と聞いたら「うん、おれチーズ好き」というので、今度からチーズもストックしておいてあげようと思った。


『縁結びのカツサンド』読み終えた。最高に好きな本。小川糸の再来?とにかくおいしくてほっこりのたまらない本。とある商店街にある昔ながらのパン屋を舞台にしたあたたかくて、おいしい物語。「否定するとすべての道が閉ざされる」っていう言葉があって、ここがいいなぁと思った。


『心がほどける小さな旅』も読み終えた。ずっとお風呂につかりながら、この本を読んでいた。桜花賞や薩摩線の旅。岐阜・郡上八幡でオールナイト盆踊り。奥入瀬ホテル、釧路湿原でカヌー。私も行ってみたいところばかりだった。お風呂からでてすぐにメモを取った。特に観光列車的なものにものすごい興味があるので、楽しそうだなぁと思った。あと、釧路湿原でのカヌー。私は、なぜかカヌーが好きで、やってみたいことの一つなのでこれも絶対に行きたい。 

あぁ、どこか遠くに行きたいなぁ、そう思うときって、たいてい休めなかったり、予定があったり、しがらみがあったり、身動きが取れず、知らず知らずのうちに心がかちこちに固まっている。そうだ。私は窮屈さを感じていたのだと気づいた。私はなんかモヤモヤしていたのだった。だけど、こんなご時世で旅に出ることは躊躇してしまう。だから、私は益田ミリさんの旅エッセイの中でも好きなこの本で疑似旅行を楽しんでいたのだと思う。

「旅というのはとっても便利。強引に気持ちが切り替わる。というより、切り替えないと、旅には出られないのである」