ある日。
朝、コールドプレスジュース。昼、釜玉うどん。
相変わらずWシリーズを読んでいた。でも一旦中断し、GWは伊坂幸太郎の初期作品を読むことにしていたので、そちらを読み始める。『オーデュボンの祈り』からスタート。たぶん20年ぶりくらいに読んだけれども、懐かしさと面白さが相まって、寸暇を惜しんで没頭してしまう。森博嗣と伊坂幸太郎は最高である。森博嗣で頭をすっきり整理し、そこに伊坂幸太郎で想像力を入れていく。すると、なんか知らないうちにパワーみなぎっているのだ。
近頃、目標とかそういうのなかったなと思った。夢とか目標っていうのは、ある程度の想像力を要するわけで、想像力が欠如していると日常はあっという間に楽しくなくなるので、注意しないといけない。
夜、ぎょうざ鍋。ぎょうざ、豆腐、長ネギ、ニンジン、キノコ、ほうれん草、などで食べた後、春雨で〆。おいしかった。夫も、ぎょうざ鍋に豆腐が入ってるとおいしいねと、またリクエストされた。これはとある定食屋で定食を頼んだら、ぎょうざと鶏団子とでっかい木綿の豆腐と長ネギが入っているスープ?のようなものが出てきて、それが美味しかったので、ちょっと真似してみた。よかった。
「人は、川の流れる速度で生きるのがもっとも正しい」
この本で、最も好きなのはこの一文で、伊坂幸太郎の作品には川の流れのように生きることがよく描かれている。私自身はその川が激流でも逆らって生きていくようなところがあるので、え?流されていいの?なんて、初めて読んだ時には衝撃を受けた。でも、今でもこの言葉が響くということは、私はまだ流れに身を任せるということができていないのだろう。
それから、あとがきには「まず困っている誰かを救うべきではないのか。そんな切実な思い~」みたいなことがあり、いろいろと考えさせられる。
行正り香の『やさしさグルグル』読了。祖母への愛情、母への愛情、妹への愛情、娘たちへの愛情、障害のある甥っ子への愛情。まさに愛と優しさがぐるぐる。「四〇歳になって、やっと料理以外で自分のやりたいことが見つかりました」とあって、会社を辞め、キッズ向けウェブサイトをオープンしたという記載があった。39歳、目標がないと焦っている私にこの本はものすごく響いた。40歳からでもやりたいことが見つかる、長年勤めた会社を辞めて新しいことを始める勇気。ただただそれだけにどれほど励まされたか。
「許し合うシーズン」では、母よし子のことが綴られている。
「小さな失敗は誰だってする。それが自分の命を脅かすほどの大変なことであれば大いに騒ぎ立てなくてはいけないけど、そうでもなければ見過ごしてあげたり、許してあげる余裕を持つことも大事なのかもしれません」
「どこかで母・よし子のように失敗を許す心を持たなくては、息苦しい、住み難い世の中になってしまうに違いありません」
「完璧を互いに求め合えば、そのうち誰もが失敗を恐れ、行動することができなくなり、結局は自分を苦しめることになるような気がします」
と、ここだけでもたくさんの人に読んでほしいと思ったのだが、絶版になっているのが悲しい。
他に印象に残った言葉たち。
「自分が弱いと思うと、人を責めたくなる。自分のほうが強いと思い込むと、人を許すことができる。だから「赤毛のアン」みたいに、いつも自分より明るく強い自分を、想像してみる。楽しいことを考えている」
「優しさというのは、グルグルまわっていくもの。まず自分が手放してはじめて、まわりはじめるものなんだなあ、と」
「『レストラン』という単語はリストア『再生させる』という語源からきたものですが、まさに、ここに行けば心が元気になる、そんなレストランでした」
「料理は日々の家事と思えばたいしておもしろいことではないかもしれませんが、家族の心を再生しているんだと思えば、こんな大事な、そして楽しい仕事はありません」
あと、元気がないとき、食べるものに、ステーキ、みつ豆、チョコレートパフェ、チョコレートケーキ、マンゴーパフェとあって、ステーキやあんみつ、でっかいパフェやケーキというのが一緒でやっぱりこれらは元気が出ると思った。
あと、本を読みながら楽しみたいお香、アロマオイルの紹介もあって嬉しかった。ちなみに、紅茶は、リプトンのアールグレイ、アリアージュのアルコポーロ、中国のジャスミン茶とこれまた私の家にもストックしているモノたちだったので、勝手に共感した。
とにかく何から何までいい本だったので、一人でも多くの方に読んでほしい。
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