ある日。

元旦。おせちもお雑煮もないお正月は初めて。結婚以来、お雑煮もおせちも作ってきた。大みそかまで本当に忙しく、おかげで買い出しに行けなかった。キッチンで「お正月なのに何もないね、お正月なのにここまで何もないのは淋しいね」とぶつくさ言っている私の隣で、夫はせっせと餅を焼ききな粉や海苔をまいて食べている。毎年、お餅を焼くのは夫の役目である。仕方ないので、私も海苔をまいて食べたけれど、むなしくなったので、来年こそは絶対におせちを作るぞと決めた。そして、かまぼこのないお正月なんてと泣く。私は、かまぼこが大好きだ。


何もないと嘆いていた割には、元日の夜に決まって食べるすき焼きの上等なお肉と具だけは買ってある。去年は、このすき焼き肉を買おうと思ったらクリスマスからのお正月でとんでもない値段になっていた。それで手も足も出ず、悔しい思いをした。今回は、クリスマス前にすき焼き肉のセールの時にたんまりと買っておいたのだ。ふふ、うれしい。おいしかった。


 毎年、お正月には向田邦子の『夜中の薔薇』を読んでいる。今年も読む。その自由で潔い人生、そして丁寧な暮らし、その全てが憧れ。今日読んでも、美しい言葉、女性の姿がそこにある。欲望のかたまりで、“もっともっと”と常に上を見て、“キョロキョロ”と常に面白いものを探している。自分に正直で強い人。どこまでも憧れの人。向田邦子と私の人生では、なにもかもが全く違いすぎて、なんの共通点もない。それでもここまで共感してしまうのはどうしてだろうと毎回思う。きっと向田邦子が住んでいたマンションに私が住むことはできないだろうし、描かれなかった華やかな生活をいつか私が送る日がくるだろうかと想像することすらできない。けれども、向田邦子は私の分身なのではないだろうかと思ってしまうほど、私の心をすべて言葉にしてくれている。だから、私はいくつになってもこの本を読んでいるのかもしれない。

「アマゾン河は濃いおみおつけ色である。仙台味噌の色である。そこへ、八丁味噌のリオ・ネグロとよばれる黒い川が流れ込む」なんていうところは、アマゾン河を見たこともない私ですら容易にイメージできるその表現が、やっぱりとんでもないなと思う。


明日は、駅伝を見ながら向田邦子ワールドに再び浸ろう。

女性のための選書サービス/5冊だけの本屋

あなたのためのとっておきの5冊を選書します。