ある日。


不調な日に限って外は20℃もあって、気持ちよさそうな春の陽気。


朝、相変わらず母が送ってくれたパンを食べている。全粒粉パンを薄く切って、ピザトーストにした。おいしかった。塩を振るのを忘れて、焼いた後に振りかけたら、夫が「塩がきいていておいしい」と言った。この人は、そういうささいなところを見逃さない。


午前中仕事。BGMはキングヌーのユーモア。この歌好きで、毎日聴いている。私は気に入った曲を一日中、何日も何年も聴くので、夫がよくあきれている。でも、まったく飽きないし、むしろ好きな曲以外を聞く時間なんて嫌だなと思う。こういうところが小さい頃から変わらない。


昼、コンビニ。夫は、おにぎりセット。私は糖質を気にしているので、チキンと卵の全粒粉サンドと抹茶オレ。食べたらびっくりのおいしさで、毎日これ食べたいと思った。コンビニからの帰り道、小さい子供たち(小学1年生くらい)の集団の中に、私たち大人二人がまぎれていた。あんまんを大切そうに抱えている夫に、「この子たちに、おい!あんまんよこせ!とか言ってくるかもよ?カツアゲされるかもよ?」と夫の耳元でささやくと、夫が「おれの大切なあんまんを奪うやつは、この熱々のあんまんを頭にグシャ―と押しつぶしてやる」と言っていた。夫のあんまん愛が強いなと思う。

私たちが戻ると愛犬が足元にまとわりつく。夫がくると、甘えたりお座りして、おやつをねだっている。夫は愛犬に甘い。困る。食べ終えてから、ニンジンスティックを一つあげる。「え?これ?うーん。そっかこれかー」みたいな感じでしばらく私を見ていたけれども、少しすると静かに食べていた。ボーロやレタスのときとは明らかに違うテンションで、でも出されたものは残さず食べる精神がすごいと思う。食べ終えた後も、スンという感じで、なんかかわいそうになった。人参、私は好きなのになぁ。


カズオ・イシグロ『クララとお日さま』と『シャネル』読了。向田さんと同じくらいその生き方が好きなシャネルは、シャネルの本を本屋で見かけるたびについ買ってしまう。この人たちの嫌悪と言ったら、本当に共感で好きだ。嫌なことだけはっきりしているが、それ以外は割とどうでもいいと言うのが、私の選択の基準。価値の基準が嫌悪と言うのが、向田さんとシャネルの最高なところ。


『クララとお日さま』は感動して泣いた。少女のことを、少女以上に、少女の家族以上に思ってくれる一途な存在、クララ。 少女を思うAIロボット近未来的なSFなのに、愛と家族の物語って。泣けた。ただただ泣けた母子家庭故の、母親の切羽詰まった愛情とそれに甘えつつも自立しようとするアンバランスな娘の心情が本当によく描かれていた。彼女たちにとっては、クララが希望であった。救いであった。人間らしいことをクララがしていて、クララの愛は人間をも上回っていて、人間てなんだろうなぁと気持ちが沈んだ。「希望があると信じます。大人たちが考えてもいないところから助けが来ると信じます」 クララがお日さまに願うシーンが泣ける。誰かのことを思って、願うというか祈るという行為というかその信仰が、私にはまったくないので私って嫌な奴だなと思う。よくおばあちゃんとか、昔の人ってご先祖様とか仏様とかに家族のことを祈っていたような気がする。そういうのに近いのかもしれないなと思った。そういう慈愛のような気持ちが私は持ち合わせていないなと残念に思う。


夜、青梗菜ときのこと豚肉の蒸し鍋。ピリ辛ダレでいただく。〆におそばを用意して、ピリ辛ダレで食べたら、夫もうまいと大喜びだった。ごちそうさま。


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