ある日。

相変わらず「生きてる意味なーい」と泣き続けているが、少し回復の兆しである。夫が言ったのだ。「きみは仕事のために読書するんじゃなくて、自分が好きな本を読みまくらないと」と。そうであった。私は、SNSで誹謗中傷されたから(←それほどおおげさではないが)つい私って気遣いが足りないのかも、あぁ、こう思う人もいるからこうしたほうがいいのかもなんて、考えすぎてしまうのだ。私は自慢ではないが、おそらくかなりリスクヘッジしているほうだと思っている。だからこれまでSNSで嫌な思いをしたことはない。でも、そうしたことがきっかけで考えるあまり我を忘れていた。夫は言う。「きみの誰にも媚びてないところがいいんだ」と。自分ではよくわからないが、私は昔からこれをよく言われる。中学の時の怖い先輩たちにも思うことを言ったり、新卒なのに先輩や上司を顎で使ったりしたりして怒られたり、どえらい社長たちにも偉そうにしゃべったりすることがあるらしく、いわゆる度胸が据わっていると思われるらしい。自分では全くそのつもりはない。しかし、こうして何か言われたりすると、ついつい気にして自分らしくないことをしてしまう。SNSのフォロワーやお客様に媚びてしまうのだ。あぁ、嫌になる。そして、夫はこう続けるのだ。「きみの具合が悪いときはだいたい自分らしくなくて、誰かに媚びてるときだ」と。あぁ、私ってどんだけ自己中なのよと思うけれども仕方ない。きっとそうなのだ。

だから、自分の読みたい本を読みたいだけ読むことにした。そうしたら何ともあっけなく吹っ切れた。やっぱり私には本が必要だ。そして、この時に読んだ本に共通していることは、「恵まれている」という言葉だった。私は割合、恵まれているほうだと思う。自分をものすごく底辺に見ているし、小さい頃から人と同じようになるまでにかなりの時間を要したので、自分は出来ないやつと言うのが大前提である。そうして、そんな時に必ず私を助けてくれる人たちがあらわれて、もうそういう人たちに私は感謝しかないわけである。だから、私はいつも人に恵まれたなと思っている。そういうことを考える余裕もないほど落ち込んでいたので、仕方ないが、改めて自分が恵まれていると認識し、周りに感謝して過ごすことは大切だと感じた。

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